戸塚祥太な日々

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「戸塚祥太な日々」へようこそ
A.B.C-Zの戸塚祥太くんを中心にA.B.C-Zを応援するサイトです。 他、ジャニーズ全般、日々の日記などを綴ってます。
09.7.22 久々に模様替えしました

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東北関東大震災の日

私は東京在住なので、宮城や岩手、福島や茨城で被災された方々の被害、恐怖などとは全く比べ物にならないけれど、生まれてから経験した地震の中で一番大きかったので記録として残しておきたいと思います。

その日、早く仕上げたい案件があったのでお昼休みをずらして作業をしてました。
14時くらいにメドがついたので、コンビニでお昼を買い自席で食べながら作業をしてたのですが、いきなりの地震。

下から突き上げるような縦揺れから始まり、友達と「縦揺れだね…」と話していたら、その後激しい横揺れ。
50数階建てビルの20階で働いているので、普通の地震でも結構揺れが激しいんですよね。円を描くように揺れるというか。
なので、またいつものか…と思ってさほど気にしていなかったんですけど、揺れが収まるどころかどんどん激しくなり、部屋の空気も「コレ、やばいんじゃないの?」という感じになりました。
とりあえず机の下に入り、体が動いてしまうので机の柱を掴んでました。でも机の下にいると周りの状況がどういうことになっているのかが見えずまた不安になって、出てイスに座っては怖くなり、また机の下に潜って、またイスに座りを繰り返してました。そんなにいろんな動作をしているのに、それでも全然揺れが収まらなくてとにかく怖かった。
このまま揺れが収まらなかったらどうしよう…ニュージーランド地震の映像が目に浮かんで、机の下で涙出てきて手は震えるし、震源地は東京かもしれないって思うほどの揺れでした。

揺れがだんだん収まってきたら、友達がコートを着たいたので私もコートを着て、荷物を持ちすぐに避難できるように用意をしました。館内放送はその時までなくて、普段の災害訓練はいったんなんなんだと思っていると、放送がやっと入りました。
「火事です。火事です。落ち着いて行動してください」だったかな。
「か、火事??」地震じゃなくて火事?と放送に呆れたんですが、火災は本当に起きていたみたいで、1階と40階あたりで火災が起きてるかもしれないということ。余計にパニックになりました。それから火災に関する放送は、詳しくはわからないばかりで不安にさせるだけ。

とにかくいくら待ってもアナウンスは来ないし、ここにいても逃げられなくなるだけだから非常階段で1階まで行こうと同僚みんなで避難しました。早めに非常階段に行ったはずなんだけど、各階からどんどん人が合流してくるので、15階あたりから全く動かなくなってしまいました(>_<)
全く動かないまま30分くらいその場で待たされ、火災の詳細もわからないまま。その間に余震が何回もあり本当に恐怖でした。ここで誰かが転んで将棋倒しになったらどうしようとか、そんなことばかり考えてました。
でもみんな焦ってなかったのでそれだけはよかったです。でももし火が回ってきてたら大変なことになってただろうな…と。逃げられないまま終わるんだろうなって思いました。

やっと列が動き始めて、地下まで行き避難場所の公園で待機。
外に出たら、家族と連絡を取り無事を確認して、ほっと一息。東京で被害はたいしたことなかったのにこんなこと言うのはおこがましいけど、本当に無事でよかった…と思いました。1時間ほど外で待機して、戻っていいという放送が入ったので再び階段で20階へ。高層階で働いてることをこんなにイヤだと思ったのは初めてかもしれません。

部屋に戻って、本当は仕事どころじゃないはずなのに、必死に案件を終わらせようとしてる自分にちょっと呆れました。仙台で何が起きているのかの映像なども全く見ずに定時まで仕事をしメドがついた頃に、電車が止まっていて歩いても帰れない距離の方たちと一緒に待機し、その時に津波の映像を見て被害の大きさを知りました。

22時くらいまで会社で待機してから、電車が途中までは動いたのでとりあえず途中まで帰ろうと外に出ました。
エレベーターはまだ動いてなかったので、階段で降りてる途中、最寄り駅まで電車が動いたということを聞き、安心。。
乗換駅までは順調だったのですが、そこからが何台見送っても満員で、乗れても1人か2人しか乗れない。
そうこうしてるうちに、新宿駅でパニックになったとかで電車が見合わせになってしまいました。
電車は一晩中動くことが決定したようだったので、いつ再開するかわからないけどとりあえず良かったと周りにいた人たちが地べたに座り始めたので、私も同じように座り、何時に帰れるかわからないけど地下鉄で良かったと軽く寝てました。

2時間後くらいかな…電車が動き始めたので、また数台見送りながら乗れる時を見計らって乗り、なんとか地元駅に着けました。家に着いたら3時半くらいでした。職場から歩いて帰れる距離って大事なんだなと実感。でも帰宅難民になって家に帰れなかった人がたくさんいた映像をあくる日に見て、帰れただけ私はよかったんだと思いました。

そして、家に帰ってからテレビをつけて被災地の映像を見て、あまりの被害に驚き、テレビが消せなくなってしまいました。私はたぶんこの日の衝撃を一生忘れないだろうなと思います。というか忘れちゃいけないですよね…
いま自分には募金や節電くらいしかできないけど、そうしようと思った気持ちを今だけでなく、この先も続けていかないといけないなと思います。

震災直後は東京にも余震があったり、計画停電などでいつも通りの生活ができなかったりしていましたが、4月に入ってどんどん普通の生活に戻って行って、きっと数ヶ月、数年経ったら絶対に記憶も恐怖心も薄れて行ってしまうと思うけど、家、電気、水道、ガス、食べ物、仕事、家族が常にあって当たり前って思ってはいけないということを忘れないようにしようと思います。


被災地の方々の1日も早い復興を、心よりお祈りしております。

2011.03.11 Friday 23:59 | 日記 | comments(0) | - |

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